「問題なし」の判断が危ない|安定性モニタリングの指摘事例とLIMSでの防ぎ方

規格内の測定値の推移グラフを確認する品質管理担当者

前回の記事では、PMDAが公表する「オレンジレター」を題材に、記録の改ざん・バックデートをLIMSで防ぐ方法を整理しました。
今回はその続編として、繰り返し指摘されている「安定性モニタリング」と「データの取捨選択」に絞って掘り下げます。

安定性モニタリングは、GMP調査で指摘の多いテーマです。
オレンジレターでもNo.9・No.19・No.24と三度取り上げられており、多くの製造所が同じ落とし穴にはまっていることがうかがえます。

共通するのは、「1点ずつは規格内(あるいはばらつきの範囲)だから問題なし」と判断し、”傾向”を見逃すことです。

なお、「保存や経時での品質変化を傾向で見る」という考え方は、化学・食品・環境など、医薬品以外の品質管理にも広く共通します。
本記事では、PMDAが公表した指摘事例をもとに、規格内でも陥りやすい3つの落とし穴と、LIMSと運用の両面からの防ぎ方を解説します。
自社の運用と照らし合わせながら、ぜひ読み進めてみてください。

▼前回記事
記録の改ざん・バックデートをLIMSで防ぐ|PMDA指摘事例に学ぶ

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データインテグリティとは?ALCOA++とLIMSで実現する方法

目次

安定性モニタリングとOOS・OOTの違い

安定性モニタリングでは、市場に流通した後も品質が保たれるかを確かめるため、保存によって影響を受けやすい試験項目を、適切な間隔で試験し、その傾向を評価します(GMP省令 第十一条の二)。

ここで押さえておきたいのが、OOSとOOTの違いです。
この2つを区別できるかどうかが、安定性モニタリングの成否を分けます。

用語意味検出のしやすさ
OOS(規格外; Out of Specification)試験結果が承認された規格を外れた状態「規格を超えた」ので気づきやすい
OOT(傾向外; Out of Trend)規格内だが、過去のデータの傾向から外れた状態「規格内」なので見逃しやすい

OOTを見ずにOOSだけを見ていると、気づいたときにはすでに手遅れの可能性があります。
OOTは「規格上限に近づくこと」ではなく、「過去の傾向(予測範囲)から外れること」です。

下の図のように、規格にはまだ余裕があっても、過去のデータから予測される範囲を外れた点があれば、何かが変わったサインです。
規格を超えてから動くのでは、その製品はすでに市場に出ているかもしれません。
医薬品であれば、すでに患者に投与されている可能性もあります。

規格内のうちに傾向を捉えて原因を調べることが、安定供給と使用者の安全を守ることになります。

規格内でも過去の傾向(予測範囲)から外れた点がOOTであることを示すグラフ
図1:OOTは「過去の傾向から外れた」状態 ― 規格内でも原因調査のきっかけになる

医薬品以外の業界にも共通する考え方

医薬品・化学・食品・環境の各業界で保存・経時の品質を傾向で見るイメージ
図2:「保存・経時での品質を傾向で見る」という構図は、業界を越えて共通する

「安定性モニタリング」はGMP(医薬品)の用語ですが、「保存や時間の経過によって品質が変化していないかを”傾向”で見張る」という構図は、多くの業界に共通します。
用語は異なりますが、それぞれの業界に置き換えると次のとおりです。

業界「安定性モニタリング」に相当するもの
医薬品(GMP)承認規格に対する、保存・経時での安定性試験
化学・素材製品の保存安定性・経時変化の試験
食品賞味期限・消費期限の設定根拠となる保存試験
環境検体の保存期間と、測定値の妥当性の確認

いずれの業界でも、「1回の測定が基準内かどうか」だけでなく、「時系列でどう動いているか(傾向)」を見て、基準を外れる前に手を打つ——この考え方は共通です。

以下は医薬品の事例で説明しますが、化学・食品・環境などの品質管理にもそのまま置き換えて読んでいただけます。

PMDA指摘事例に学ぶ3つの落とし穴

PMDAが公表した事例を見ると、「見逃し」や「都合のいい判断」が起きる構図がよく分かります。

パターン①:傾向の見逃し(No.9)

リテスト期間5年の原薬の再加工ロットで、純度試験(類縁物質A)の値が48か月目に規格上限の付近まで達し、直近1年で急増していました。
それでも製造所は「規格の範囲内だから」として、急増の原因調査もリスク評価も、製造販売業者への連絡も行いませんでした。

実務でも、直近の結果だけを見て「規格内だから大丈夫」と流してしまいそうになる場面は少なくありません。
過去の値と並べてグラフ化するだけで急な変化に気づけることも多く、傾向を都度確認する習慣そのものが見逃しを防ぐ第一歩だと感じられる事例です。

パターン②:都合のいいデータの採用(No.19・No.28)

OOTの見逃しだけでなく、OOSが出た際にも「都合の良い解釈」が入り込むことがあります。
個々の試験結果の扱い方が恣意的であれば、傾向を正しく評価することもできません。

No.19では、生物学的製剤の安定性モニタリングで、6か月時点の力価がOOSとなり、再試験でも6回中3回がOOS。
さらに12か月時点でもOOSが出て、再試験で6回中4回がOOS——それでも製造所は「試験のばらつきの範囲だから品質変化はない」と判断し、措置は不要と結論づけました。

PMDAは、分析法のばらつきを理由に品質影響なしと判断するのは合理的でなく、外れ値の検定などで得られた結果が真値かどうかを客観的に評価する必要がある、と指摘しています。

実務でも、「試験のばらつきの範囲内」として再試験値を採用したものの、次の測定ポイントでも同じ事象が再発し、結局は原因調査のための追加試験が必要になる、というケースは珍しくありません。

追加試験を行うと調査が長引き、工数も時間もかかります。
しかし、それを理由に「ばらつきの範囲」と都合の良い解釈で片づけることは適切ではありません。
その場しのぎの判断では根本原因の解消につながらず、結局、同じ事象に繰り返し悩まされることになるためです。
結果的に信頼を失うことにも繋がるでしょう。

また、No.28では、OOSやOOTが頻発していても、原因を調べずに規格に適合するまで再試験を繰り返し、適合結果だけを記録していた事例が挙げられています。
これはまさに「都合の良い結果だけを採用する」の典型で、傾向を正しく見るうえで避けなければならない運用です。

パターン③:試験そのものの不確かさ(No.24)

複数品目で好ましくない傾向が出ていたのに、対応しておらず指摘を受けた事例です。
PMDAはこの事例で、「規格の範囲内の場合には前回測定までの傾向と大きく異なったとしても、当該ロットの品質に問題がないと判断してしまいがち」と注意を促しています。
指摘後、製造所は傾向分析で予測値を出し、規格を逸脱しそうな品目を特定して追加試験も行う運用になりました。

ところが、その追加試験の結果が過去の傾向から大きく外れ、調査の結果「試験者間の試料調製のばらつき」が原因と推測されました。
傾向を見ようとしたことで、実際には試験そのものの方法や信頼性の問題が浮かび上がった、という教訓的な事例です。

出典:PMDA GMP/GCTP調査事例速報 No.9(2023年7月)/No.19(2025年3月)/No.24(2026年1月)「安定性モニタリングに関する試験結果の取扱いについて」、No.28(2026年8月)「品質問題の認識、上申、改善を推進する品質文化」(関連条項:第十一条の二 ほか)

LIMSによる防ぎ方

機器やデータをLIMSに集約し異常な傾向を警告で知らせるイメージ
図3:LIMSは蓄積データから異常な傾向を捉え、早期の対応につなげる

これらの事例に共通するのは、「傾向を評価する仕組みがない」「都合の良い結果を採用する判断が通ってしまう」という問題です。

こうした課題については、LIMSの活用が有効です。
具体的には、以下の3つの面で力を発揮できます。

  • 全結果を保持し、トレンドで見る:LIMSは試験結果を一元的に保持し、時系列のトレンドとしてグラフ化できます。
    1点ずつの合否ではなく、「過去の傾向から外れている」というOOTを、数値の羅列ではなく視覚的に捉えやすくなります。
  • 異常傾向のアラートと前倒し試験:あらかじめ判定ルールを設定しておけば、傾向から外れた結果が出たときにシステムが警告を出せます。
    そのため、担当者個人の気づきや勘に頼らず、次回試験の前倒しやモニタリングポイントの追加につなげられます。
  • 恣意的な取捨選択の抑止:都合の良い結果だけを選んで記録しても、その痕跡が監査証跡として残ります。
    再試験の理由や承認履歴も記録に残るため、「適合するまで繰り返す」という運用そのものが可視化されます(No.19・No.28の核心)。

LIMSは、「基準内かどうか」だけでなく「傾向がどう動いているか」を常に見える状態にし、早期に動くきっかけを与える仕組みだといえます。
また、「都合の良い結果だけを採用する」操作にも痕跡が残るため、恣意的な運用を見直すきっかけになります。

傾向管理の前提となる試験の信頼性

分析法や試料調製など一点一点の試験を正確に行う試験者のイメージ
図4:トレンドを見る前提として、一点一点の試験の正確さ(分析法・試料調製)が欠かせない

トレンドをどれだけ丁寧に見ても、その一点一点の試験結果が信頼できなければ意味がありません。

No.24がまさにそれで、傾向を分析する前の問題として、分析法バリデーションの欠陥(試験者によって試料調製のばらつきが発生)が見つかりました。
試験結果そのものの信頼性を支えるのが分析法バリデーション*1です。
使用する試薬・機器・実施者が変われば結果もばらつくため、測定者間の再現性や頑健性*2の検証は品質判断の土台になります。

LIMSはデータを集めて可視化し、OOTの判断を助けますが、分析法そのものの妥当性や、試料調製の標準化、本当にOOTかどうかの最終的な評価は、人と手順(SOP・教育・分析法バリデーション)次第です。

LIMSという「仕組み」と、試験の信頼性を支える「技術(人)・運用(手順)」の両輪があってはじめて、傾向管理は機能するのです。

*1 分析法バリデーション:分析法が目的とする性能(正確さ・精度・特異性など)を満たすことを、科学的根拠に基づいて検証すること。
*2 頑健性:試薬のロットや機器の個体差、担当者の違いなど、小さな条件の変動があっても、試験結果が影響を受けにくいこと。

まとめ

LIMSという仕組みと人・手順という運用の両輪で品質を守るイメージ
図5:仕組み(LIMS)と運用・技術の”両輪”で品質を守る

安定性モニタリング(=保存・経時での品質を傾向で見る試験)で陥りやすい点は、「規格内(またはばらつき)だから問題なし」と判断し、傾向外(OOT)を見逃すことです。

この構図は医薬品に限らず、化学・食品・環境など、保存試験や経時変化を扱うあらゆる品質管理に共通します。

LIMSは全結果の保持とトレンド解析により、規格内の異常傾向を早期に捉え、恣意的な取捨選択を抑止し、前倒し試験や関連ロットの評価につなげられます。

一方で、試験結果そのものの信頼性(分析法バリデーション・試料調製の標準化など)は技術(人)・運用(手順)の領域で、LIMSとあわせて取り組むことが欠かせません。

なお、ここで見てきた「データを”点”ではなく”傾向”で見る」という考え方は、安定性モニタリングだけのものではありません。
製造工程を見張る工程管理(工程能力・管理図)や、1年分の品質を総括する製品品質の照査でも、同じ視点が品質を守る鍵になります。
いずれも、データを集約して傾向で評価するというLIMSの得意分野です。

まずは自社の品質管理で、試験結果を1点ずつの合否確認だけで終わらせていないか、過去のデータと並べて傾向を確認する仕組みや手順があるかを、一度見直してみてはいかがでしょうか。

業界ごとの品質管理の課題とLIMSの活用方法は、次の記事でも解説しています。

▼業界別のLIMS活用
製薬・医薬品業界のLIMS|GxP・査察対応と失敗しない導入・選び方
化学・素材業界のLIMS|研究データの資産化と失敗しない導入・選び方
食品・飲料業界のLIMS|HACCP・トレーサビリティと失敗しない導入・選び方
環境・水質・エネルギー分野のLIMS|計量法・公定法と失敗しない導入・選び方

よくある質問(FAQ)

Q1. OOTかどうかは、どのような基準で判断すればよいですか?

A. 規制で一つに決められた方法はありませんが、よく使われる手法があります。
同じ試験時点の値をロット間で比べる場合は、過去データの平均±3σを管理限界とするシューハート管理図が代表的です。
あわせて、管理限界を超えていなくても「連続して中心線の片側に並ぶ」といった点の並び方から異常を判定する、ウェスタン・エレクトリック・ルールを使うこともあります。
1つのロットの経時変化を見る場合は、過去ロットのデータから回帰直線を求め、その予測区間を外れた結果をOOTとする方法がよく使われます。
どの手法を使う場合も、判定の方法と基準値を手順書であらかじめ決めておき、担当者の感覚で判断しないことが大切です。
判定ルールが決まっていれば、LIMSで自動的に警告を出すこともできます。

Q2. OOTが出たら、まず何をすればよいですか?

A. まず、計算の誤りや試料調製・機器の不具合など、試験室での誤りがないかを確認します。
誤りが見つからなければ、品質に変化が起きている前提で原因調査を進めます。
PMDAのオレンジレター(No.9)では、当該ロットだけでなく、同じ時期に製造したロットや同じ処理を行ったロットへの影響評価、次の試験時期を前倒しした傾向の確認、製造販売業者への速やかな連絡が重要だとされています。
また、No.24のように試験そのもののばらつきが原因となることもあるため、分析法の妥当性もあわせて確認します。

Q3. 試験結果のばらつきが大きい場合、どう判断すればいいですか?

A. 「ばらつきの範囲」と安易に片づけるのは危険です。
PMDAは、分析法のばらつきを理由に品質影響なしと判断するのは合理的でないとし、外れ値検定などで結果が真値かどうかを客観的に評価するよう求めています。
まず分析法そのものの信頼性(分析法バリデーション)の確認が必要です。

Q4. 医薬品以外(化学・食品・環境)でも、同じ考え方は使えますか?

A. はい。
用語は業界ごとに異なりますが、「保存・経時で品質が変化していないかを傾向で見て、基準を外れる前に手を打つ」という考え方は共通です。
保存安定性試験、賞味期限の設定根拠となる保存試験、検体の保存期間の妥当性確認などに、そのまま応用できます。

Q5. トレンド管理はExcelでもできますか?

A. 簡易的には可能ですが、データが分散しがちで、全ロットを横断した傾向把握や異常の自動検知は困難です。
また、Excelは変更履歴が残りにくく、本記事で触れた「都合の良い結果の採用」に対する監査証跡の機能も標準では備わっていません。
LIMSならデータを一元管理し、OOTを捉えて前倒し試験や関連ロット評価につなげられます。

Q6. 安定性モニタリングに関するオレンジレターはどこで読めますか?

A. PMDA公式サイトで公開されており、安定性モニタリングはNo.9・No.19・No.24として三度取り上げられています。
GMP/GCTP調査事例速報のページ から確認できます。

Q7. LIMS導入の費用や期間の目安は?

A. 規模や対象範囲によって幅があります。
初期費用・ランニングコストの内訳や相場は、LIMSの費用はいくら? で詳しく解説しています。

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LIMSの主要機能とは?ラボ業務を効率化する5つのポイント
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【出典・引用について】本記事のオレンジレター各号の要約は、PMDA「品質確保に関する取り組み(GMP/GCTP調査事例速報)」(公式ページ)に基づき、筆者が内容を要約したものです。原文の詳細は各速報の公表PDFをご確認ください。

著者プロフィール

H・S|元・製薬企業 品質管理(15年以上)

検体管理、品質管理試験、安定性モニタリング、参考品管理、LIMSの運用に従事。現在はLIMS導入支援の業務に携わる。

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