記録の改ざん・バックデートをLIMSで防ぐ|PMDA指摘事例に学ぶ

前回の記事では、私自身が製薬企業で経験した査察と不祥事の実体験から、LIMSの必要性をお伝えしました。
今回はその続編として、PMDA(医薬品医療機器総合機構)が公表している実際の指摘事例を題材に、「これはLIMSで防げたのか、防げるとすればどう防ぐのか」を一つずつ検証していきます。
今回取り上げるのは、PMDAによるGMP調査で実際に見つかった指摘をまとめた「オレンジレター」です。
自社の品質管理を見直すうえで、これほど具体的な教材はありません。
業種は医薬品・医療機器ですが、事例自体はどの業界でも起こり得る内容です。
なお、オレンジレターには、品質試験だけでなく製造記録の事例も含まれます。
製造記録そのものを管理するのは、LIMSではなく MES(製造実行システム) の役割です。
ただ、「記録をどうやって信頼できるものにするか、不正をどう防ぐか」という観点は、製造記録でも試験記録でも共通します。
今回ご紹介する事例は、製造記録における不正が取り上げられています。
そこで以下では、「品質試験で同じことが起きたら、LIMSでどう防げたか」という視点で各事例を読み解いていきます。
結論として、記録に関わる不正の多くは、LIMSの活用で防げます。
具体的な方法とあわせて見ていきましょう。
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オレンジレター(GMP/GCTP調査事例速報)とは
オレンジレターとは、PMDAが2022年度から公表している「GMP/GCTP調査事例速報」の通称です(オレンジ色の表紙からこう呼ばれます)。
GMP調査で確認された指摘事項のうち、業界全体への周知が特に有用と考えられる事例を、注意喚起や技術的な参考として公表するものです。
各号はPDF1枚程度に、以下の内容が簡潔にまとめられています。
- 事例の背景
- 確認された事例
- 問題点
- 製造所で確認してほしいポイント
- PMDAからのメッセージ
2022年4月のNo.1以降、2026年8月時点でNo.28まで、継続的に発行されています。
なお、名前の似た通知に「イエローレター」「ブルーレター」がありますが、これらは目的が異なります。
| 名称 | 目的・対象 | 発行の位置づけ |
|---|---|---|
| オレンジレター | GMP調査で見つかった製造・品質管理の指摘事例の周知 | 品質管理・製造の改善(本記事のテーマ) |
| イエローレター (緊急安全性情報) | 医薬品・医療機器等の緊急かつ重大な安全性情報 | 使用上の緊急対策(安全性) |
| ブルーレター (安全性速報) | イエローレターに準じた迅速な安全対策が必要な情報 | 安全対策(安全性) |
出典:PMDA「品質確保に関する取り組み(GMP/GCTP調査事例速報)」、および「緊急安全性情報・安全性速報」
今回は上記オレンジレターの中から、象徴的な事例を2件ピックアップしてご紹介します。
事例① 不適切な記録の作成(No.5)
起きた不正
原薬の結晶を洗浄する工程で、製造指図書では洗浄溶媒の使用量を「流量計の終了時の値 − 開始時の値」で算出する手順となっていました。
ところが、担当者が開始時の値の確認・記録を失念。
使用量を計算できなくなったため、指図量(100L)をそのまま使用量として記録し、さらにそこから逆算して開始時の値をつくり、辻褄を合わせていました。
しかもこの事実は、責任者に報告されていませんでした。
出典:PMDA GMP/GCTP調査事例速報 No.5(2022年12月)「不適切な記録の作成について」(関連条項:第十条第三号・第四号)
紙記録の限界
実測値の記録が手作業だと、記録し忘れたときに、「指図どおりのはずだから」と記入してしまう誘惑が生じます。
また、紙の記録では、その値が実測なのか後から記入されたものなのかを見分けられません。
こうした”辻褄合わせ”は、不正の3要素(機会・動機・正当化)がそろうと起きてしまいます。
「誰も見ていないし電子化もされていないからバレないだろう(機会)」
「失敗すると評価に影響する(動機)」
「みんなもやっているから大丈夫(正当化)」
このちょっとした気持ちから不適切な記録を作成してしまえば、記録全体の信頼、ひいては会社の信用を崩すことになります。
前職で痛感したのは、不正の3要素を極限まで取り除く組織的な活動がないと、この種の不備はなくならない、ということです。
たとえば「紙の記録を減らす」「ミスを正直に言える雰囲気づくり(報告が評価につながる仕組み)」「定期的なコンプライアンス教育の徹底」といった活動です。
実際、PMDAもこの事例において、「ヒューマンエラーを正直に報告できる職場環境か」をチェックポイントに挙げています。
LIMSでどう防ぐ
本事例は製造記録(MESの領域)ですが、「実測値を記録し忘れ、指図値から逆算して辻褄を合わせる」という構図は、品質試験でも同じように起こり得ます。
その場合、試験室でLIMSを使い、天秤やHPLCなどの機器の測定値を自動で取り込めば、値の記録漏れや逆算による捏造が起こりにくくなります。
含量計算や規格判定も自動化すれば、手計算で数値をいじる余地も減ります。
さらに、必要な入力が欠けたまま次に進めない仕組みや、指図と異なった際の逸脱処理を組み込むことで、「隠す」ことができず「正直に逸脱として上げる」という方向にしか行かない仕組み化ができます。
事例② 指図に沿った記録にするための不適切な修正(No.6)
起きた不正
原薬の粉砕工程で「ホッパーが空になってから30分後に停止する」という指図でしたが、担当者は他製品の手順と混同し、誤って15分後に停止しました。
逸脱に気づいた担当者は、「ホッパー空確認時刻」を”記入ミス”として、粉砕終了時刻から30分さかのぼった時刻に書き換えていました。
同様の修正は別のロットでも行われていましたが、責任者は気づいていませんでした。
出典:PMDA GMP/GCTP調査事例速報 No.6(2022年12月)「指図に沿った記録とするための不適切な修正について」(関連条項:第十条第三号・第四号)
紙記録の限界
紙は「後から時刻を書き換えて指図と辻褄を合わせる」ことが物理的に可能です。
筆跡や用紙を似せれば、いつ作られた記録か、修正が妥当か否かを見分けることは、容易ではありません。
査察では、試験記録の確認の際、記録の修正について「なぜ直したのか、その理由は妥当か」を必ず確認されます。
私の経験でも、”不自然な修正”について、PMDAの査察官は高確率で検出してきます。
一度でも「辻褄合わせ」が見つかれば、その事象だけでなく、製造所の記録全体の信頼性が疑われます。
だからこそ、修正は「なかったことにする」のではなく、「履歴として堂々と残す」ほうが、かえって身を守ることにつながります。
LIMSでどう防ぐ
こちらも製造記録の事例ですが、時刻を後から書き換えて指図と辻褄を合わせる手法は、試験の記録でも起こり得ます。
試験室でLIMSを使えば、作業や測定の時刻はシステムが自動で記録するため、紙のように”きれいに書き直す”ことはできません。
仮に修正しても、いつ・誰が・なぜ変えたかが監査証跡として必ず残るため、不自然な修正はむしろ見つかりやすくなります。
※ 監査証跡:システム上の操作(作成・変更・削除)について、いつ・誰が・何を・なぜ行ったかを自動で記録し、後から追跡できるようにした記録。

事例①②のまとめ:記録・データの不正はLIMSでこう防ぐ
下の図は、オレンジレターの事例を「LIMSで防げる度合い」で私が整理したものです。
本記事では、図の最上段のNo.5とNo.6を取り上げました。

PMDAの査察官から問われる事例を図にすると、いかにLIMSの導入が効果的かが見えてきます。
記録の改ざんやバックデートといった不正は、まさにLIMSが「仕組みとして防ぐ」ことのできる領域です。
LIMSだけでは防げない領域と、品質文化の役割
一方、LIMSを導入すれば不正が完全になくなるわけではありません。
たとえば、承認事項の不遵守と虚偽の記録作成に上司や経営層まで関与していた事例(No.16)や、
組織内のコミュニケーション不全(No.10・No.11)は、監査証跡で「検出」はできます。
しかし、「そもそも起こさせない」ためには、不正の3要素を極力取り除くための、品質文化の醸成・従業員教育・経営層の関与といった土台が欠かせません。
2026年8月に公表されたオレンジレター(No.28「品質問題の認識、上申、改善を推進する品質文化」)では、品質文化がテーマになっています。
OOSが出ても規格に適合するまで再試験を繰り返し、適合結果だけを記録していた事例を挙げ、「経営陣のリーダーシップなしに、品質文化は育たない」と指摘しています。
仕組み(LIMS)だけでは埋められない、この”文化”の領域に、PMDA自身も注意を促しています。
なお、この事例で作られた「再試験をしたことがわからない記録」は、LIMSでは作成できません。
試験を実行した事実そのものがシステムに残るためです。
つまり記録の面では、LIMSで検出できる事例でした。
それでもPMDAが品質文化を主題に据えたのは、「適合するまで再試験を続ける」という判断そのものを止められるのは、仕組みではなく文化だからだと考えられます。
もちろん、LIMSは「記録を隠す・作り替える」タイプの不正に対しては、紙運用とは比較にならない抑止力と検出力を持ちます。
ただし、その力を最大限に活かすのは、品質文化の醸成という土台があってこそだと、私は考えています。

まとめ
- オレンジレターは、GMP調査の指摘事例をPMDAが公表したもので、自社の品質管理を見直す具体的な教材になります。
- 記録の改ざん・バックデート・データの取捨選択といった不正は、監査証跡などLIMSの機能で、仕組みとして防ぎやすくなります。
- 一方、経営層まで関与する不正は、LIMSだけでは防げません。仕組み(LIMS)と品質文化の醸成の両輪が必要です。
まずは紙のまま残っている記録を洗い出し、リスクの高いものから電子化を検討することが、現実的な第一歩になります。
【出典・引用について】本記事のオレンジレター各号の要約は、PMDA「品質確保に関する取り組み(GMP/GCTP調査事例速報)」(公式ページ)に基づき、筆者が内容を要約したものです。原文の詳細は各速報の公表PDFをご確認ください。
よくある質問(FAQ)
Q. オレンジレターはどこで読めますか?
A. PMDA(医薬品医療機器総合機構)の公式サイトで、No.1以降のすべての号がPDFで公開されています。GMP/GCTP調査事例速報のページ から確認できます。
Q. LIMSを導入すれば、記録の不正は完全になくせますか?
A. いいえ。
LIMSは監査証跡などの機能により、「記録を隠す・作り替える」タイプの不正には強い抑止力を持ちます。
ただし、経営層まで関与するような不正は仕組みだけでは防げません。
品質文化の醸成や教育とあわせた「両輪」で取り組む必要があります。
Q. LIMSとExcel管理では、記録の信頼性にどんな違いがありますか?
A. Excelは手軽な一方、「いつ・誰が・何を変えたか」の変更履歴が残りにくく、改ざんの検知・防止が困難です。LIMSは監査証跡や権限管理を標準で備え、記録の信頼性(データインテグリティ)を仕組みとして担保できます。
Q. 製造記録もLIMSで管理できますか?
A. 製造記録そのものを管理するのは、LIMSではなくMES(製造実行システム)の役割です。
LIMSは主に品質試験の記録・結果を扱います。
ただし、「記録の信頼性をどう担保するか」という考え方は、製造記録でも試験記録でも共通します。
Q. LIMS導入の費用や期間の目安は?
A. 規模や対象範囲によって幅があります。初期費用・ランニングコストの内訳や相場は、LIMSの費用はいくら? で詳しく解説しています。
Q. 中小規模のラボでも、オレンジレターの教訓は活かせますか?
A. はい。記録の改ざん・バックデート・データの取捨選択といった課題は、ラボの規模を問わず共通します。
まずは紙のまま残っている記録を洗い出し、リスクの高いものから電子化を検討するのが第一歩です。
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H・S|元・製薬企業 品質管理(15年以上)
検体管理、品質管理試験、安定性モニタリング、参考品管理、LIMSの運用に従事。現在はLIMS導入支援の業務に携わる。
