LIMS導入前に知っておきたいデータインテグリティ―ALCOA++の考え方とLIMSの役割

分析データを正確に残しているつもりでも、実は“信頼できる状態”になっていないケースがあります。
例えば、Excelファイルが複数存在したり、修正履歴が残らなかったり――。
それを防ぐ鍵となるのが「データインテグリティ」という考え方です。
この記事では、その基本原則「ALCOA++」と、LIMS(Laboratory Information Management System)が果たす役割を、実務の視点から整理します。
データ管理の“見えないリスク”

品質管理や分析の現場では、日々さまざまなデータが生まれています。
試験結果、装置の出力、検査成績書、判定記録など、どれも製品の品質を支える重要な情報です。
しかし、その管理方法は今も多くの現場でExcelや紙帳票に依存しています。
- どのファイルが最新か分からない
- 誰がいつ修正したか不明
- 保存場所が人によって違う
このような課題が少なくありません。
こうした状況では、意図的な改ざんがなくても、結果的に“信頼できないデータ”が生まれてしまいます。
例えば、担当者が入力ミスを修正したものの履歴が残っていなければ、後から監査を受けた際に「本当にそのデータは正しいのか」と説明できません。
これは製薬業界だけでなく、化学・食品・化粧品・金属など、分析を伴うあらゆる業種に共通するリスクです。
ISO監査や顧客監査でも、「記録の信頼性」や「再現性の担保」は重要な確認項目です。
こうしたリスクを未然に防ぐために注目されているのが、データインテグリティ(Data Integrity)という考え方です。
なぜデータインテグリティが重要なのか

データインテグリティとは、直訳すると「データの完全性」や「整合性」を意味します。
つまり、あるデータが完全で、一貫しており、信頼できる状態で保たれていることを指します。
品質保証や試験業務の世界では、「データを正しく残すこと自体が品質を守ること」といっても過言ではありません。
たとえば、測定データが途中で上書きされてしまったり、記録が複数のファイルに分散していたりすると、後から結果を再現できません。
それはすなわち、データインテグリティが損なわれている状態です。
製薬業界では法規制(GMP)として厳格に求められていますが、他の業界でも顧客からの信頼を守るためには欠かせない視点です。
もし仮にデータの信頼性が失われると、次のような問題が起こります。
- 試験結果の信憑性が疑われる
- 原因究明や再試験が必要になり、工数・コストが増加
- 出荷停止やクレーム対応などのリスクが発生
このように、データインテグリティは単なる監査対応のための概念ではなく、「業務品質と生産性を両立させる基盤」と言えるでしょう。
ALCOA++とは何か
データインテグリティを具体的に実現するための考え方として、製薬業界では「ALCOA(アルコア)」という原則が広く知られています。
これは、信頼できるデータの条件を5つのキーワードで整理したものです。
具体的な条件を見ていきましょう。
| 要素 | 意味 | 現場での例 |
|---|---|---|
| A:Attributable(帰属性) | 誰がいつ記録したかが明確である | ユーザーIDや署名が記録されている |
| L:Legible(判読性) | 後から見ても読める状態である | 文字や形式が統一され、消えたり崩れたりしない |
| C:Contemporaneous(同時性) | 実施と同時に記録されている | 測定後すぐにその場で入力される/後日まとめて転記しない |
| O:Original(原本性) | 元データ(原本)が保持されている | 計測機器の生データを削除せず保存 |
| A:Accurate(正確性) | 改ざんや誤りがない | 測定値が正しい。レビューや検証体制が確立されている |

これらに加えて、より包括的に拡張された考え方が「ALCOA++」です。
“++”には以下の5つの要素が加わります。
- Complete(完全性):抜けや省略がなく、すべてのデータが記録されている
- Consistent(一貫性):時系列や順序、フォーマットが整合/統一されている
- Enduring(永続性):必要な期間、データが失われずに保持される
- Available(可用性):必要なときにすぐ取り出せる(バックアップ、検索可能)
- Traceability(追跡可能性):データの生成から廃棄までの全ライフサイクルの追跡
ALCOA++は、単なるチェックリストではなく、「データが信頼できるとはどういう状態か」を定義した概念です。
この考え方を理解しておくことで、LIMSを導入する際にも“どのような機能が必要か”を判断する目安になります。
LIMSが果たす役割
LIMS(Laboratory Information Management System)は、分析データや試験記録を一元管理するシステムです。
単なるデータベースではなく、「データインテグリティを維持するための仕組み」としての側面を持ちます。
LIMSが果たす代表的な役割を、ALCOA++の視点で見てみましょう。
- Attributable(誰が)
→ ログインアカウントに基づいて操作履歴を自動記録。誰がいつデータを登録・修正したか追跡可能。 - Contemporaneous(同時性)
→ 測定機器と連携して自動的にデータを取り込み、後からの転記や入力忘れを防ぐ。 - Original / Complete(原本・完全性)
→ 測定機器の生データをそのまま保存し、改ざんを防止。削除や上書きは権限制御。 - Enduring / Available(永続・利用可能)
→ 定期バックアップやデータベース化により、長期保管と検索性を両立。
このように、LIMSを導入することで「人の作業やルールに依存して守っていたデータインテグリティ」を、仕組みとして自動的に担保することが可能になります。

ただし、「ALCOA++を完全に満たすこと」が目的ではないことに注意してください。
業界や製品特性によって、求められる厳密さのレベルは異なります。
製薬業界のように法的に義務づけられていない場合でも、「どの原則をどの程度重視するか」を明確にしたうえでLIMSを検討することが大切です。
したがって、LIMSを導入する前に、
- データを誰がどのように扱っているか
- どこにどんな形式で保存しているか
- 修正・再計算・再試験が発生した場合の履歴が残るか
このような点を整理しておくと、導入後に「想定していた管理レベルと違う」といったギャップを防ぐことができるでしょう。
必要十分な機能を有したLIMSを選定でき、費用対効果の高い投資になります。
まとめ:LIMS導入前に意識すべき視点
データインテグリティは、製薬業界だけに関係する専門的な言葉ではありません。
どの業種であっても、分析結果や品質記録を扱う以上、「データの信頼性」は組織の信用に直結します。
ALCOA++の考え方は、その信頼性を構成する基本原則です。
LIMSを導入する際には、単に「効率化」や「自動化」を目的とするのではなく、
「自社のデータをどのレベルで信頼できる状態にしたいか」という視点で検討することが重要です。
LIMSは、そのための強力なツールであり、データインテグリティを守る仕組みを日常業務の中に組み込む手段です。
まずは、現状のデータ管理を振り返り、「どこにリスクがあるか」「どの原則を重視するか」を整理することから始めてみてください。
それが、LIMS導入プロジェクトを成功させる第一歩になります。
